大阪高等裁判所 昭和39年(ネ)1576号 判決 1965年1月28日
控訴人(附帯被控訴人) 伊藤茂合名会社
被控訴人(附帯控訴人) 伊藤貴代子 外一名
主文
一、控訴人の本件控訴及び附帯控訴人伊藤貴代子の附帯控訴は、いずれもこれを棄却する。
二、原判決主文第一項を、「原告伊藤貴代子、同伊藤誉正が、持分各金五万円を有する被告会社の社員であることを確認する。被告は原告伊藤貴代子、同伊藤誉正に対し、右原告両名が昭和一六年七月二一日社員伊藤茂七の持分のうち各金五万円の持分を譲受け入社した旨の変更登記手続をせよ。」と更正する。
三、控訴費用は控訴人の負担とし、附帯控訴費用は附帯控訴人伊藤貴代子の負担とする。
事実
控訴人(附帯被控訴人、以下単に控訴人と称する)訴訟代理人は、控訴につき、「原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、附帯控訴につき附帯控訴棄却の判決を求め、
被控訴人伊藤貴代子(附帯控訴人、以下単に被控訴人貴代子と称する)訴訟代理人は、控訴につき「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求め、附帯控訴につき、「一、原判決を左のとおり変更する。二、附帯被控訴人は附帯控訴人に対し、(一)昭和一七年一二月一四日なしたる昭和一七年一一月二四日代表社員伊藤茂七死亡により伊藤茂雄が家督相続人として金一〇万円也及び不動産この価格金六〇万円也の出資を承継して入社したる旨の登記、(二)昭和二三年一一月八日なしたる社員伊藤茂雄が昭和二三年九月二一日付持分を金一〇万円に変更した旨の登記、(三)昭和二四年一月一〇日なしたる伊藤茂雄が自己の持分金一〇万円の内金五万円を伊藤抬に譲渡し、昭和二三年一二月三〇日付自己の出資を金五万円に変更した旨の登記、及び伊藤抬が同日付金五万円の出資を譲受け入社した旨の登記、並びに社員伊藤ゑい、同伊藤貴奴子が同日付退社した旨の登記、の各抹消登記手続をせよ。三、附帯被控訴人は附帯控訴人に対し、社員伊藤ゑい、同伊藤貴奴子が各出資持分金一〇万円の附帯被控訴人の社員であることの回復登記手続をせよ。四、附帯被控訴人は附帯控訴人が持分金七万五千円を有する附帯被控訴人の社員であることを確認する。五、附帯被控訴人は附帯控訴人が昭和一六年七月二一日社員伊藤茂七の持分のうち金五万円を譲受け入社した旨、及び昭和二七年八月一〇日社員伊藤ゑいの持分のうち金二万五千円を遺贈により取得し持分を変更した旨の各登記手続をせよ。六、訴訟費用は第一、二審とも附帯被控訴人の負担とする。」との判決を求めた。
被控訴人伊藤誉正は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張、証拠の提出援用認否は、
控訴代理人において、「一、被控訴人貴代子は左の事由により退社した。即ち、控訴会社の社員伊藤ゑい、伊藤貴奴子、被控訴人両名らは終戦後会社の解散と退社を希望し且つ持分の返戻を要求したので、控訴会社代表者伊藤茂雄及びその義兄小松伊三郎は右の要望に副うべく、昭和二三年一一月頃、大阪市東区森之宮西ノ町所在の土地合計一、七八一坪九合七勺を、被控訴人貴代子の夫伊藤富二郎を代理人として訴外奥英一郎に代金五五万円で売却し、右代金は手附金五万円を除く全額を伊藤富二郎が受取つて保管していた。右の土地の坪数の内訳は、伊藤ゑいの出資による土地六二〇坪五合九勺、伊藤貴奴子の出資による土地五七八坪六合八勺、控訴会社代表者伊藤茂雄の出資による土地一〇六坪五合九勺、控訴会社の所有土地四七六坪一合一勺である。そうすると、出資払戻額は右坪数に比例して伊藤ゑいの受ける額は金一九一、六〇〇円、伊藤貴奴子の受ける額は金一七八、六〇〇円、伊藤茂雄の受ける額は会社の受取分を合せて合計金一七九、八〇〇円となる筋合であるところ、伊藤ゑい、同貴奴子は伊藤富二郎から夫々右金額の交付を受けたので、これによつて持分の返還を受けて退社を承認した。然るに伊藤富二郎は、伊藤茂雄に交付すべき金一七九、八〇〇円を、妻貴代子に対する持分退社払戻金に充てると称して返還しないので、控訴会社代表者はこれを承認したから、被控訴人貴代子も右払戻によつて控訴会社を退社したものである。二、被控訴人誉正は左の事由により退社した。即ち、被控訴人誉正の持分は金五万円であつたところ同人もかねて退社を希望し、昭和二四年四月二九日小松伊三郎方を訪れ、当時被控訴人誉正が経営していた訴外三星ホツク工業株式会社(資本金一〇万円、株式総数二、〇〇〇株、一株の金額五〇円)の株式のうち伊藤茂雄及びその先代茂七の持株合計一、八七〇株の無償譲渡を受けることを条件として控訴会社より退社することを申出たので、小松伊三郎は控訴会社代表者に右申出を伝えてその承諾を得た。そこで被控訴人誉正は昭和二四年五月頃右株式を取得して控訴会社を退社したものである。三、なお控訴人の従前の主張はすべて撤回し、右事実以外は主張しない。」と陳述し、<証拠省略>
被控訴人貴代子代理人において、
「一、控訴会社については左のとおりの登記がなされている。
(イ) 昭和一七年一一月二四日代表社員伊藤茂七死亡により伊藤茂雄が家督相続人として金一〇万円及び不動産価格金六〇万円の出資を承継して入社した旨の昭和一七年一二月一四日付登記。
(ロ) 社員伊藤茂雄が昭和二三年九月二一日自己の持分を金一〇万円に変更した旨の同年一一月八日付登記。
(ハ) 社員伊藤茂雄が昭和二三年一二月三〇日自己の持分金一〇万円のうち金五万円を伊藤抬に譲渡し、自己の出資を金五万円に変更し、伊藤抬が同日金五万円の出資を譲受けて入社した旨、並びに社員伊藤ゑい、同伊藤貴奴子が同日付で退社した旨の昭和二四年一月一〇日付登記。
二、しかし乍ら、右各登記はいずれも事実に反する無効の登記である。即ち、伊藤茂七は昭和一六年七月二一日自己の持分金七〇万円のうち、金一〇万円を伊藤茂雄に、金五万円を被控訴人貴代子に、金五万円を被控訴人誉正に夫々譲渡した結果、同人の持分は金五〇万円となつたところ、昭和一七年一一月二四日死亡したので、当然退社となつたか、或は定款により相続人の承継を認める規定が存するならば、同人の家督相続人である伊藤茂雄が右持分金五〇万円を承継したこととなる。従つて、伊藤茂雄の持分は金一〇万円か或は金六〇万円であつたところ、同人は昭和二三年九月二一日自己の持分金六〇万円を減少しているので結局控訴会社から退社したことになる。従つて同人は持分金一〇万円の社員ではなく、更にそのうち金五万円の持分を伊藤抬に譲渡し得る筈がなく、且つ右持分譲渡については他の社員の同意もない。また伊藤ゑい、伊藤貴奴子は退社の意思表示をしたことがないにも拘らず、登記に必要な書面に判を欺し取られて右登記がなされるに至つたものである。
従つて、控訴会社は右(イ)(ロ)(ハ)の各無効登記の抹消登記手続をなすべき義務があり、また伊藤ゑい、伊藤貴奴子については退社の事実がないのであるから、控訴会社は右同人らが各出資持分金一〇万円の社員であることの回復登記手続をなすべき義務がある。
三、被控訴人貴代子は昭和一六年七月二一日持分金五万円の社員となつたものであるところ、持分金一〇万円の社員伊藤ゑいは昭和二五年一一月二三日遺言公正証書を以て被控訴人貴代子、伊藤貴奴子、同千恵子、同茂雄に夫々持分金二万五千円宛を遺贈する旨の遺言をなし、昭和二七年八月一〇日死亡したので右遺贈が効力を発生し、右遺贈による持分譲渡については当時の社員の承認があつたので、被控訴人貴代子の持分は金七万五千円となつた。
よつて被控訴人貴代子は控訴人に対し、被控訴人貴代子が持分金七万五千円を有する社員であることの確認を求めると共に、前記金五万円の持分譲受による入社、及び金二万五千円の持分遺贈による持分変更の登記手続をなすことを求める。
四、控訴人主張の退社の事実は否認する。控訴人主張の土地が昭和二三年末に奥英一郎に対し代金五五万円で売却されたことは認めるが、右土地はすべて控訴会社へ現物出資されていた会社財産である。そして伊藤ゑい、同貴奴子名義の出資不動産は右以外にも存し、しかも元来持分は会社の総財産に対する割合であるから、控訴人主張の如く売却した土地の名義の坪数に比例して代金を配分する道理がない。被控訴人貴代子、訴外伊藤ゑい、同貴奴子は退社の意思表示をしたことがなく、控訴人主張の如き持分の払戻を受けたこともない。前記代金中金五〇万円は伊藤富二郎が保管中同人において費消したものと考えられる。」
と陳述し、<証拠省略>
被控訴人誉正において、「控訴人主張の退社事実は否認する」と陳述し、<証拠省略>………と述べたほか、
原判決事実摘示と同一(但し事実摘示終りから三行目「証人当馬治平、同高畑光明」とあるを「証人当麻弥平、同高畠光明」と訂正)であるから、これを引用する。
理由
一、控訴会社は大正九年一月一八日、伊藤茂七(控訴会社代表社員伊藤茂雄の被相続人)が現金一〇万円、不動産この価格金六〇万円、伊藤茂兵衛(茂七の父)が不動産この価格金一〇万円、伊藤富二郎(茂雄の義兄)が現金一〇万円、伊藤ゑい(茂雄の母)が不動産この価格金一〇万円の、夫々現金又は現物出資を全部履行の上設立された合名会社であつて、当初の代表社員は伊藤茂七であつたこと、大正一二年五月二一日伊藤茂兵衛死亡によりその相続人伊藤貴奴子がその持分を承継入社したこと、昭和六年八月六日伊藤富二郎が除名退社したこと、昭和一六年七月二一日伊藤茂七は公正証書を以て、自己の持分のうち金一〇万円を伊藤茂雄に、金五万円を被控訴人貴代子に、金五万円を被控訴人誉正に、夫々譲渡し、同日伊藤貴奴子は同じく公正証書を以て自己の持分のうち金五万円を伊藤久弥(伊藤貴久の被相続人)に譲渡したこと、昭和一七年一一月二四日伊藤茂七死亡により伊藤茂雄がその家督相続をなしたこと、以上の事実は当事者間に争がない。
二、先ず被控訴人両名の控訴人に対する確認請求(被控訴人貴代子が持分金七万五千円の、被控訴人誉正が持分金五万円の、各持分を有する控訴会社の社員であることの確認請求)について判断する。
(一) 被控訴人両名の昭和一六年七月二一日付公正証書による入社について。
昭和一六年七月二一日当時における控訴会社の社員が伊藤茂七、ゑい、貴奴子の三名であつたことは前記のとおり争がないところ、成立に争のない甲第二号証によれば、茂七から被控訴人両名に対する前記各金五万円の持分譲渡については、当時の社員全員が承諾していることが明らかであるから、右持分の譲渡は有効になされ、被控訴人両名は同日より控訴会社の社員(持分各金五万円)たるの地位を取得したものと言わねばならない。
(二) 控訴人主張の退社事由について。
(イ) 控訴人は、被控訴人貴代子は昭和二三年末頃その持分の払戻を受けて退社した旨主張するので判断する。
昭和二三年末頃大阪市東区森之宮西ノ町所在の伊藤ゑい所有名義の土地六二〇坪五合九勺、伊藤貴奴子所有名義の土地五七八坪六合八勺、伊藤茂雄所有名義の土地一〇六坪五合九勺、控訴会社所有名義の土地四七六坪一合一勺、以上合計一、七八一坪九合七勺の土地が訴外奥英一郎に代金五五万円で売却され、右代金のうち金五万円は控訴会社代表者が受領し、残金五〇万円は伊藤富二郎が保管するに至つたことは、当事者間に争がない。
成立に争のない乙第四、七号証、証人伊藤富二郎(原審)、同当麻弥平(原審及び当審、但し、後記措信しない部分を除く)、同竹村久安(当審)の各証言、原審における相原告伊藤貴奴子本人訊問の結果、当審における被控訴人貴代子本人訊問の結果、控訴会社代表者訊問の結果(但しその一部)を綜合すると、前記土地はすべて控訴会社に現物出資された控訴会社所有の不動産であつたところ、終戦後控訴会社代表者は財産税を訴外小松伊三郎に立替えてもらつていた関係上その弁済資金を得る必要があり、且つ控訴会社々員の生活費等を得る目的で前記土地を売却するに至つたものであること、控訴会社代表者は右土地売却代金の配分方法に関し昭和二三年一二月末頃社員伊藤ゑい、貴奴子に対し、売却土地の名義の坪数に比例してゑいが金一九一、六〇〇円、貴奴子が金一七八、六〇〇円、控訴会社代表者が金一七九、八〇〇円(但し金五万円は受領済)宛を分配受領すべきことを提案通告したのであるが、これに対し、ゑい、貴奴子は右提案に同意せず、却つて右代金の配分方法決定についての社員総会の開催を要求したこと、ところが控訴会社代表者はその後社員総会の開催をなさず、結局右代金の配分方法については社員の意見の一致をみないまま、伊藤富二郎がこれを保管するに至つたこと、被控訴人貴代子は富二郎の妻であるが、右売却代金の配分を申出たことも、又現実に分配を受けたこともなく、且つ何人に対しても退社の意思表示をしたことがないことが認められ、右認定に反する証人高畠明、当麻弥平(原審)の証言、控訴会社代表者の供述(原審及び当審)は前掲証拠に対比して措信し難く、他に右認定を覆えすべき証拠はない。
従つて、控訴人貴代子が持分の払戻を受けて退社したとの控訴人の主張は採用することができない。
(ロ) 次に控訴人は、被控訴人誉正は昭和二四年五月頃控訴会社代表者から訴外三星ホツク工業株式会社の株式一、八七〇株の無償譲渡を受けて控訴会社から退社した旨主張するので判断する。
控訴会社代表者は当審での訊問において、被控訴人誉正が昭和二四年四月二九日小松伊三郎方を訪れ、三星ホツク工業株式会社の株式中控訴会社代表者の持株一、八七〇株の無償譲受を条件に控訴会社からの退社を申出でたので、控訴会社代表者は小松を通じてこれを承諾し、右株式の譲渡をなした旨供述するが、右供述は当審での被控訴人誉正本人訊問の結果に照したやすく措信し難く、他に右主張事実を確証すべき資料はない。却つて、当審における証人竹村久安、同三谷作太郎の各証言、被控訴人誉正本人訊問の結果、控訴会社代表者尋問の結果(但しその一部)を綜合すると、三星ホツク工業株式会社の株式の大半は三星工業株式会社(その株式の殆どを控訴会社代表者が所有)が所有し、終戦後被控訴人誉正が三星ホツク工業株式会社の経営に当つていたところ、経営困難に陥つた結果、同会社の株式全部を債権者たる訴外三谷伸銅株式会社に取得されたものであり、被控訴人誉正が控訴会社代表者から三星ホツク工業株式会社の株式譲渡を受けた事実はなく、また控訴会社からの退社を申出た事実もないことが認められる。従つて被控訴人誉正の退社に関する控訴人の主張は採用することができない。
(三) 被控訴人貴代子の遺贈による持分増加の主張について。
成立に争のない甲第五号証によれば、伊藤ゑいは昭和二五年一一月二三日遺言公正証書を以て、自己の持分金一〇万円のうち金二万五千円を被控訴人貴代子に遺贈する旨の遺言をなしたことが認められるが、当時ゑいが持分金一〇万円を有する控訴会社社員であつたとしても、右遺贈による持分の譲渡につき、当時の社員全員の承認があつたことを認めるに足る証拠がないから(殊に控訴会社代表者伊藤茂雄が昭和一六年七月二一日伊藤茂七からの持分譲受により控訴会社に入社したことは被控訴人貴代子の自認するところであるが、その後伊藤茂雄が退社したと認むべき証拠はなく、且つ伊藤茂雄はかねて本件訴訟において伊藤ゑいの退社を主張しているのであるから、茂雄がゑいの遺贈による持分譲渡につき承認したとは到底認められない。)右持分譲渡は効力がないものと言うべく、従つて被控訴人貴代子の金二万五千円の持分増加の主張は失当である。
(四) 以上により被控訴人両名はいずれも各金五万円の持分を有する控訴会社の社員たるの地位を有するものと認められるから、被控訴人誉正の確認請求は全部理由があり、被控訴人貴代子の確認請求は持分金五万円の限度で理由がありその余は失当として棄却すべく、これと同旨の原判決は正当であるから、これに対する控訴人の本件控訴及び被控訴人貴代子の附帯控訴はいずれも失当として棄却すべきである。
三、次に被控訴人貴代子の登記請求について判断する。
(一) 成立に争のない甲第一号証によれば、控訴会社については当審における被控訴人貴代子主張の一、(イ)(ロ)(ハ)記載のとおりの商業登記がなされていることが認められる。被控訴人貴代子は、右(イ)(ロ)(ハ)の各登記はいずれも事実に反する無効の登記であるからその抹消を求め、(ハ)の伊藤ゑい、伊藤貴奴子の退社登記は退社の事実がないからその回復登記を求める旨主張するが、右各登記は、伊藤茂雄の入社登記及び持分変更登記、伊藤抬の入社登記、伊藤ゑい、伊藤貴奴子の退社登記であつて、いずれも被控訴人貴代子自身に関する登記ではないことが明らかである。
そこでかゝる他人に関する登記が不実のものであつた場合に、合名会社の社員の一人が直接会社に対し、他人に関する不実登記の変更、是正を訴求しうるか否かについて考えると、一般に合名会社の登記事項が客観的事実に吻合しないときは、会社は商法第六七条により変更登記をなすべき公法上の義務を負うと共に、他面当該不実登記の対象となつた者(仮に登記該当者と称する)に対しても、私法上変更登記義務を負う(従つて登記該当者は会社に対し登記の変更を訴求しうる)ものと解する余地はあるけれども、登記該当者に非ざる他の社員から会社のみを相手方として、かゝる登記の変更を訴求しうるということはたやすく是認することができない。即ち合名会社の社員は他の社員に関する不実登記の存在により、自己の社員権の行使や会社債権者に対する責任負担等につき事実上の不利益を被ることは否定し難く、従つて他人に関する登記であつてもこれが不実の場合はその是正につき利益を有し必要を感ずる場合があることはこれを肯定しなければならないが、他方、かゝる利益ないし必要性のあることを理由に、直ちにその者から登記該当者をさし置いて直接会社に対し登記の変更を訴求することを許容すると、右登記は最大の利害関係人たる登記該当者の何等の関与なしに変更されることになり、しかも弁論主義の関係上、その変更登記は必ずしも実体的真実に合致するとは限らないところから、比較的容易に虚偽の登記による虚偽の公示がなされる事態を招き易く登記該当者及び第三者の利益を不当に害する結果を生ずる虞がある。元来社員の資格や持分の内容に関する登記は、社員権の内容に照応すべきものであるから、登記事項の抹消や変更は、その基本たる実体的社員権の存否と内容を確定することが先決問題となるべく、このような社員権の確定は何よりも主として会社と当該社員との間で決せられるべきものであつて、当該社員を度外視して第三者による右の権利の確定や処分をたやすく容認することは、事の本質を顧みないものと考えられる。他人に関する登記の不実を主張する社員は、当該他人を促してこれを是正する手段を講せしめるか、又はそれが社員全体の利害に関係するものである限りは、社員の多数意思の発動により会社に対して登記の是正を求める等の方法によつて自己の利益を擁護する途があり、このような適切な方法が他に存する以上は、自己のみの意思により直ちに直接会社に対し変更登記を訴求することは許されないものと解すべきである。
よつて前記(イ)(ロ)(ハ)の登記の抹消、回復を求める被控訴人貴代子の請求(附帯控訴による新請求)は、失当として棄却すべきである。
(二) 次に被控訴人貴代子の入社登記及び持分変更登記を求める請求について判断する。先ず被控訴人貴代子が昭和一六年七月二一日社員伊藤茂七の持分のうち金五万円の持分を譲受け適法に控訴会社に入社し現に社員たるの地位を有することは前認定のとおりであるところ、合名会社の社員となつたことは登記がなければ第三者に対抗しえないのであるから、会社は入社した者に対しその対抗要件を具備せしめて完全な社員たるの地位を取得せしむべき義務、即ち入社による変更登記手続をなすべき義務を負担するものであり、商法第六七条の規定は、一面において会社の登記に関する公法上の義務を定めると共に他面においては当該社員に対する私法上の義務をも認めたものと解すべく、従つて控訴会社は被控訴人貴代子に対し、同人が前記持分譲受による入社をなした旨の変更登記をなすべき義務がある。なお合名会社の変更登記を求める訴の相手方について付言すると、商法第六七条に基く変更登記申請の当事者は会社であつて、代表社員はその機関として会社を代表して申請手続をなす者に過ぎないから(商業登記法においては合名会社の変更登記に関し、登記の申請について会社を代表すべき者に関する規定がないが、これは特別の規定がない以上、一般に会社の登記の申請は会社の代表者が当然会社を代表してなすべきであることを予定されているからである)、変更登記を求める訴については、会社の機関たる代表社員を相手方とすべきではなく商法上登記義務を有する会社を相手方とすべきである。よつて被控訴人貴代子の右持分金五万円についての変更登記を求める請求は理由がある。次に被控訴人貴代子の遺贈による金二万五千円の持分増加を理由とする変更登記請求については、右持分増加の主張の理由のないこと前認定のとおりであるから、これを失当として棄却すべきである。
なお被控訴人貴代子は本件変更登記請求に関し、原審における請求の趣旨として、「被告は原告貴代子に対し、別紙目録記載(即ち持分金七万五千円)の如く出資の目的、価格、及び履行をなしたる持分、並びに定款変更の登記手続をせよ。」との判決を求め、当審においては附帯控訴の趣旨第五項掲記の判決を求めているのであるが、弁論の全趣旨によれば右両請求の実質は同一であり、附帯控訴による請求の変更(取下又は拡張)はないものと認められるところ、原判決主文第一、二項は、右変更登記請求中、持分金五万円の部分について認容し、その余を失当として棄却したものであるから、結局正当であり、従つてこれに対する控訴人の控訴及び被控訴人貴代子の附帯控訴はいずれも理由がなく失当として棄却すべきであるが、原判決主文第一項掲記の変更登記の内容は、その表示が妥当を欠くところがあるから、これを本判決主文第二項掲記のとおり更正するを相当と認める。
四、次に被控訴人誉正の登記請求について判断する。
被控訴人誉正が昭和一六年七月二一日社員伊藤茂七の持分のうち金五万円の持分を譲受け適法に控訴会社に入社し、現に社員たるの地位を有することは前認定のとおりであるところ、控訴会社が同人に対し、同人が前記持分譲受による入社をなした旨の変更登記をなすべき義務のあることは前説示と同一であるから、被控訴人誉正の本件登記請求は理由がある。従つてこれを認容した原判決は正当でありこれに対する控訴人の控訴は失当として棄却すべきであるが、原判決主文第一項掲記の変更登記の内容の表示は妥当を欠くから、これを本判決主文第二項掲記のとおり更正するを相当と認める。
五、以上の理由により訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用の上、主文のとおり判決する。
(裁判官 岡垣久晃 宮川種一郎 奥村正策)